【症例】犬の膀胱移行上皮癌
症例報告:今本三香子先生・今本成樹先生(新庄動物病院)
犬の膀胱移行上皮癌(TCC/UC)における自己がん抗原ワクチンとNSAIDs 実施症例に対して糖鎖製剤(TPG-1)の併用療法による長期コントロールと副作用マネジメント
― 病理診断困難な高齢症例におけるQOL 重視の戦略的アプローチ ―
背景
犬の膀胱移行上皮癌(TCC/UC)は進行が緩徐である一方、標準治療が確立しておらず、特に高齢犬では化学療法の適応が難しいことも多い。NSAIDs 単独療法においても中央値生存期間は約6~12ヶ月¹ とされ、長期的腫瘍制御の難しさが指摘されている。本症例ではNSAIDs 長期内服と糖鎖TPG-1 を併用し、長期腫瘍コントロールとQOL 維持を実現した一例を報告する。
症例概要
| 動物種 | 犬(雑種) |
| 性別 | 避妊済み雌 |
| 年齢 | 14 歳7ヶ月(診断時) |
| 体重 | 10.7kg |
| 飼育環境 | 家庭内(主に室内) |
| 診断方法 | 尿中細胞診+BRAF 遺伝子変異検査 |
| 診断 | 膀胱移行上皮癌(T1N0M0) |
| 診断日 | 2022 年9 月30 日 |
| 主訴 | 間欠的な血尿、一般状態良好 |
| 飼主希望 | 積極的抗がん剤治療を望まず、QOL 重視 |
治療経過・併用戦略
| NSAIDs | ピロキシカム(0.3mg/kg/day)を約2 年半継続、 その後フィロコキシブへ切替 |
| 糖鎖TPG-1 | 診断後から2 倍量(1 日2 杯、2 回に分割)で継続投与 |
| 化学療法 | 未実施 |
| 治療目的 | QOL 維持、腫瘍進行抑制、補完免疫療法 |
| 再発対応 | 腫瘍増大(PFS335 日後)時に自己抗原がんワクチンを追加 |
糖鎖TPG-1 は、フアイア(英名:Huaier、学術名:Trametes robiniophila Murr.)から水性抽出・単離された多糖タンパク複合体であり、フアイアの有効成分の一つとされる。TLR4 を介し、NF-κB およびMAPK シグナル経路を介した免疫増強作用(TNF-α、IL-6、NO をアップレギュレーション)による抗腫瘍活性を示すことが知られている²。
近年、ヒトの免疫療法としての臨床研究が国内外で進んでおり、ヒト肝細胞癌術後における1044 例ランダム化比較試験で再発予防効果³ や、動物モデルにおける炎症性腸疾患での抗炎症⁴など、科学的根拠の蓄積が進んでいる。副作用は多量投与時の一過性の軽微な下痢とされている。
臨床経過・QOL評価
治療前 :
間欠的血尿、腫瘍径1.5cm。飼い主評価は「通常と変わらず」
自己がん抗原ワクチン、NSAIDsおよび糖鎖TPG-1投与1 か月後:
腫瘍が約半分に縮小、その後長期間サイズを維持している。
QOL 評価:
食欲・活動性良好で、副作用も特記なし。診断後1000 日経過で腫瘍も増大傾向を見せることなく生存中。
考察
本症例は病理組織診断ではなく非侵襲的検査(尿細胞診+BRAF 検査)に基づくため、詳細な病理組織型分類(非乳頭状非浸潤型、乳頭状非浸潤型、乳頭状浸潤型、非乳頭状浸潤型)が不明であり、腫瘍タイプによってはNSAIDs単独でも1 年以上生存することが報告されている¹。我々の用いている自己がん抗原ワクチン療法で、NSAIDsによる効果が乏しくなった症例において、自己がん抗原ワクチンを用いることで、再度腫瘍の縮小が確認された症例も経験している。膀胱の移行上皮癌では、腫瘍内に制御性T細胞が浸潤していることも多く、抗原提示細胞の浸潤や細胞障害性T細
胞の浸潤が阻害され、免疫療法の効果が乏しいことが知られている。
今回、中央値を大きく超える長期生存と腫瘍サイズ縮小維持が達成できている事について糖鎖TPG-1 の補完的作用が寄与した可能性がある重要な臨床的知見である。
今後の課題
病理組織型分類に基づく確定診断の推進と、多施設共同での前向き比較試験によるエビデンスの強化が必要である。また、腫瘍画像評価や客観的バイオマーカーの導入、非侵襲的診断法の有効性検証も重要な課題となる。
結語
自己がん抗原ワクチンとNSAIDsと糖鎖TPG-1 併用により、高齢犬膀胱移行上皮癌の長期生存・腫瘍コントロール・QOL 維持が達成された。特に化学療法不適応例における新たな治療選択肢として期待できる。
